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zoom RSS ゆとり世代って本当に面白いですね

<<   作成日時 : 2007/07/02 01:39   >>

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 金曜日、サークルのビラ貼りと北海道&東北の稲門会との合同飲み会を行った

 前日の木曜、私はある思いに駆られた「どうやら文キャンに貼ってあったビラが全て剥されたらしい。金曜は午前中までしか授業ないし、明日もう一度ビラ貼りするか」と。そこで私は、文キャンを知り尽くす男、北海道稲門会のSに協力を依頼することにSは快く引き受けてくれ、金曜の13時からビラを貼ることになった

 金曜日、昼食を済ませた私はSと合流し、まずビラをコピーすることに他サークルに貼った上から貼られたり学部事務所に定期的に剥される儚いサークルのビラにとって、最適なのはやはり裏に企業広告の入った「タダコピ」である私とSはまず文カフェにあるタダコピを目指した文カフェのタダコピの前に到着した我々はすぐにタダコピの異変に気づいた何と故障中と書いてあるのだその場に立ち尽くす私とS文キャンを知り尽くす男、Sによると文キャンのタダコピはここにしかないとのことしょうがなく、我々は隣の学館のタダコピを使うことに
 非常に蒸し暑い日であった東京では珍しい足までべとつくような湿気の中、ようやく学館のタダコピにたどり着き、コピーを始めた我々に更なる試練が襲い掛かる何とコピーの途中で用紙切れになったではないか困った私は色々とコピー機をいじってみるが、どのトレーにも用紙はないその時、Sがおもむろにコピー機の横にあった段ボールに手を伸ばした。Sはタダコピの用紙を手に入れた喜ぶ私とS。さっそくトレーにセットしてコピー再開。無事コピーを終える。「さて、コピーも済んだし文キャンに戻るか」そう言った瞬間私の脳裏をあの蒸し暑さが過る戻るのを躊躇する私。それに、Sは北海道出身である。上京して3年目とはいえSにとって湿気は慣れぬ大敵である。しかし程無くして、文キャンに戻る決心を固める。そう、我々には文キャンにビラを貼るという大義があるのだ。
 耐え難き湿気に耐え、文キャンに戻った私とSはラウンジでビラを6枚1組にすることに。ちょうど、全部組み終わったとき、3限を終えたSの彼女、Eが手伝いに来てくれた写真を見たことはあったのだが、私はEと会うのは初めてである。Eはかわいいだけでなく、非常に好感のもてる女の子だった。それに、性格の良さが雰囲気に表れている。会ったこともない人間のサークルのビラ貼りをわざわざ手伝いに来てくれたことにもうなずける
 挨拶も早々に、ラウンジの掲示板にビラを1枚貼り、移動することに。文キャンの建物を練り歩き、特に問題もなくビラ貼りを終えた私とSとEの3人は、文カフェで休憩することにした。ビラ貼りという重要な任務から解放された我々は暑いこともありアイスを食べることにしたお気に入りのアイスがなかったSは少し落ち込んだ様子だったが、結局3人とも某高級アイスクリームを購入。席に着き、食べようとした瞬間、3人に衝撃が走ったアイスがカチカチに硬いではないか思えば、買う時アイスの上に霜が降りてたっけ。こういう高いアイスに早大生は無縁なのだろうと妙に納得してしまった。
 SとEは5限があったのだが、何もない私はSの授業にもぐることに。Eと別れた私とSは教室を目指した。文学部の授業にもぐるのは初めてだった私は期待しつつ授業の開始を待ったといっても、もぐったのはドイツ語の授業。やはり、語学はどの学部も同じようである。そしてまた、私がドイツ語が苦手なのも、どの学部の授業を受けようと、変わるわけがないのである。授業が終わり、私とSは教室を後にした。時間に余裕があったので、歩いて飲み会の集合場所、高田馬場駅ロータリーに向かうことに
 
 馬場に着いた私とSは既に到着していた東北のY達と合流。我々が最後だったらしく、すぐに店へ移動飲み会はまったりとした雰囲気で終始和やかであったが、この日、ゆとり世代はその存在感をいかんなく発揮していた。
 1次会を終えた我々は、新たにメンバーを加え2次会の店へ移動ここでも、まったりと飲んでいたのだが、ゆとり世代の破壊力は止まるところを知らず、他を圧倒したのであった
 
 終電の時間が近づいてきたので、店を後にした我々はいったん解散したのだが、必ずと言っていいほど帰れない人が出てくる。今回もSであった。といっても、この時は私がSを家に泊めるつもりだったので、帰れなくなったのであるが。そのまましばらく駅前で溜まっていたのだが、同じ’84のYも残るというではないか今夜も’84の会かと思いきや、半強制的に東北のHも残ることにその結果、拡大’84の会へ馬場駅にはこの夜、壁を蹴りまくる危険な酔っぱらいが出現していた
 普通なら、朝まで居て解散となるのだが、今回は事情が違った。Sは土曜日にも授業があり、しかも2限のみというのだ。なら、一緒に2限まで居ようではないか。最初は居酒屋に入ったのだが、どうせ5時までしかいられないし、刺激が欲しくなった我々4人は、4時過ぎに店を出て、某団体を視察することにまだ電車が動かぬ時間であった。当然移動は徒歩である。この日も前日ほどではないにしても蒸し暑い日であった無性に花火をしたくなった私は、コンビニを見つけるごとに花火を買おうと入店したのだが、どこにも売ってないそうこうしているうちに、目的地に到着。外観を眺め、目的を達した我々はふらふらと目的もなく彷徨う。そして、メトロの駅に着いた。Hがここで帰宅。こんな時間まで残ってくれてありがとーホントに感謝してます
 ’84のみとなった我々3人はどういうわけか馬場に戻ることに。時間はまだ6時である。歩いてお腹が空いたので、ファミレスに入ることにした。色々と語り合い、あっという間ではなかったが、思ったより早く10時になるここでこの日予定のなかった私とYに2つの選択肢が浮上する。このまま解散するか、Sの授業にもぐるかである。普通ならどう考えても前者だろう。しかし、私とYは違った。後者を選んだのだ。というのも、その授業はSが一番楽しみにしている授業で漢字等について面白い話が聞けるというのだこの時間になると3人とも目が軽くいってる状態になる
 
 大学に着くと学生の多さに驚いたまさか、土曜日にこんなに多くの学生が大学に来ているなんて。Sが面白いというだけあり教室にはかなりの数の学生がいた。ここで再びEが合流した内容は実に興味深かった。今まで気になってはいたが放っておいた文字についての疑問が解消されたのだ私とYは「へ〜」を連発した大満足のうちに講義は終わった
 その後、お腹が空いたので、SとEのデートの邪魔をして、4人で昼食をとることに。昼食を終え、Eは3限の授業に向かった。デートの邪魔してごめんね
 
 再び’84のみとなった3人は、もうしばらく話をしようとカフェというよりは喫茶店という表現がしっくりくる店に入店。この時間になると「ここまで来れば自分との闘い」や「More than best」などと意味不明なことばを連発時間帯によっては口数が少なくなる。
 しばらくして、店を後にした我々は、今度こそ本当に解散することに。解散したのは私とSが会ってから約25時間20分後、また、Yと会って約19時間後であったまさか、こんな時間まで一緒にいるなんて全く予期しなかったが、これだけ一緒にいたのは、SともYとも話していてホントに楽しいからであるくだらない話もまじめな話もできるし、話しているうちに色々と新しい、面白いアイデアが浮かぶ彼らと出会えただけでも東京に出てきた甲斐があったというものだ


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